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    京都で会いましょう KYOTO de aimasho
    新たな風を吹き込む京の料理人たち

     

  
京都のお客さんは、料理もパンもオーダーメイドを要求する。
  だからプロとしてやりがいがある。
 

   
IL GHIOTTONE イル・ギオットーネ × Boulangerie Rauk ブーランジェリールーク
             笹島保弘さん(右)                   戸口温善さん(左) 


  
京野菜などの他の素材を用いて独創的なイタリアンを作る笹島さんと
  京都生まれの新進気鋭のパン職人・戸口さん。
  京都に「この人あり」と知られるおふたりに
  この街で食に携わる難しさや楽しさについて語っていただいた。

  
 
   とびきりのイタリアンとおいしいパンの出会い 

  
笹島 最初はなんで知り合ったんやったけ?
  戸口 なれそめ、ですか?(笑)
  笹島 そうそう。僕が前にいた店が七条で、料理人仲間においしいパン屋が近くにあるって
      聞いたんや。ほんで食べてみたらほんまにおいしかった。
  戸口 それで笹島さんのところで僕のパンを使ってもらえることになって。
  笹島 でも、前はすごい車で配達してたよねぇ。派手な車が停まって誰が来たんやとろと
      思って見てたら、後ろからパンが出てきてびっくり!
  戸口 愛車のスカイライン(笑)。そやかてそれまで自転車で行けるとこしかパンを
      持って行ってなかったから配達用の車ってあらへんし。
  笹島 こういう人です。(笑)戸口さんのパンはものすごくおいしいんやけど、ただ、
      日によってムラがある!ま、それもイタリアンっぽくて僕は好きやけどね。
  戸口 塩辛かったりとか?(苦笑)
  笹島 そう。こないだの。ひと口目すごいおいしいし、今度これも店で使おうかと思って
      食べてるうち、なんやものすごく辛くなってきた。どうなってんのやと思うぐらい
      辛かったで、あれは。
  戸口 あれは粉に塩が入ってて、ですね・・・。
  笹島 それもまた、人間味があっていいけど(笑)。僕は料理もパンもおいしいものを提供
      したい。料亭がおいしいごはんにこだわるのと同じ。そのためには、自分で焼くことは考え
      てない。戸口さんみたいなパンは焼けへんし。餅は餅屋。パンはパン屋、やね。
  戸口 でも、リストランテで使うパンは強すぎてもいけないから難しい。料理にとっては
      天然酵母のパンは酸味が邪魔になったりもするし・・・。笹島さんのとこ用に焼いてる
      パンは、バケットではなく切った時に皮の部分が少ないバタール。料理に合わせて、
      皮は薄めに、でもしっかりと焼きあげてます。

 
  
京都で店をするということそして、京都のお客さんとは?

  笹島 僕は「京都」という場所で、「イタリア料理」を作る。そのことを常に意識しています。
      今日作った料理もそうやけど、京野菜をよく使います。でもそれはイタリアの野菜の
      代わりに使っているわけではないんです。京野菜だからこそ作れるイタリア料理、
      地域密着型というか、京都発信のイタリアンを作っているつもり。例えば、筍に
      木の芽とか、鱧に松茸とか京都での定番の組合わせがあるでしょう?そういう
      京都ならではの食文化もイタリアンに生かしていく。かといってイタリア料理の
      ニュアンスを消して「和風」になったらだめ。イタリア人はこんなこと絶対しないと
      いうような料理はしてはいけないと思っています。あ、それに、今、僕は、京都に
      いるから京都の素材を使いますけども、これが北海道だったら北海道の、イタリアに
      行ったらイタリアの素材を使ってイタリア料理作ります。京都にいるからこそ京都に
      こだわっているわけです。僕は大阪出身。そやからこんなふうに客観的に京都が
      見られるということもあると思うけど、戸口さんは違うよね?
  戸口 僕の場合、今の店は自分の通ってた小学校の校区にあって、向かいは同級生の家。
      僕の店から300メートルぐらいのとこで生まれ育ったんです。
  笹島 京都の人ってそういうの多いね。生まれた場所にずっと住んでるとか。
      出ていこうとは思わなかった?
  戸口 思わないですね。
  笹島 京都の人は思わへんのやねぇ。京都を出て東京で店やろうとか・・・。
  戸口 やりやすいんでしょうね。“うちうち”のほうがやりやすい。
  笹島 え、そう?
  戸口 わがままなお客さんが多うなるけど(笑)。でも知り合いが店やってたらリクエスト  
      が出来るのが当たり前でしょ。同級生のお母さんとかにね「悪いけど、○時にパン
      焼いて持ってきて」とか頼まれる。すごい狭い範囲の商売というか。
  笹島 そういうのイヤじゃない?
  戸口 イヤじゃないですね。むしろ楽しいですね。
  笹島 それは京都ってなんとなくいいなと思ってる部分と共通するかも。
      うちの店の夜はコースがあるけど、これはいわばオーダーメイド。値段は一緒でも
      隣のテーブルとは全く違うものを出すんですよ。だって、若い女の子のグループと、
      年配の夫婦と、接待で来てる男性が同じ料理を求めてるとは思えへんもん。それに
      京都のお客さんは、自分の食べたいもんとか、どうしてほしいかをはっきり言わはる
      ことが多いと思う。「それにちゃんと対応できてこそ店やろ」っていう考えがお客さんの
      中にあるみたいやね。
  戸口 なるほど・・・。
  笹島 大阪から来た僕にすると、こういうの「やりづらいなぁ」と思ってた。そやけど15年ぐらい
      京都でやってきて、途中からは、それぞれの人のために料理を作るということ、つまり
      お客さんの顔が見えて料理が作れるということは、やりやすくないけど、面白いことやと
      思うようになった。これはプロとしてやりがいがある。
  戸口 僕も、自分の作りたいパンをだけを作って、そのパンが嫌いな人には来てもらわなくて
      いいとは思いませんね。お客さんが「こういうパン作ってえな」って言わはるパンを作って  
      あげたい。それがどんどん増えていくんでちょっと困ってるんですけど。なんせお客さん
      に同級生のお母さんも多いもんで(笑)。
  笹島 一緒ですわ。僕のとこでもそういう感じで、どんどこ料理のアイテムが増えてきて、
      おかげで冷蔵庫に入らなんようになってくる。これ絶対同じやわー。
  戸口 あ、やっぱり。
  笹島 お客さんの要求も結構シビアやったりするし。
  戸口 そうそう。無茶なこと言われますよぉ。「焦げ目のない食パン作って!」とか。それは無理
      やって(笑)。とりあえず言うてみはるんですかね?
  笹島 うちでも、二人それぞれ違うもの出してとか。ほんでその中に「アワビとウニとオマールは
      必ず入れてね」なんて。
  戸口 うわああ。
  笹島 できるかぎり応じますよ。なんとかできることが多いし。お客さんは期待して来てくれて
      はるんやし。
  戸口 遠くから来てくれはる人の場合、こちらもプレッシャー。なんとか思い出に残るというか、
      行ってよかったなぁと思ってほしいし、電話もらったら先にいろいろ聞きます。
  笹島 どんなこと聞くの?
  戸口 まず、食べる時間。買ってすぐ食べるのか、その晩ホテルで食べるのか、
      家に持って帰って食べるのか。
      いつ食べるかによっておいしいパンは違うから。あとは好みをいろいろと。
  笹島 なるほど。うちも一ヶ月前から予約して楽しみにして来てくれはるでしょ。確かに
      プレッシャー。でもそのプレッシャーがスタッフにとってもキャリアになっていくと思う。
  戸口 お客さんが望まはること、できることなら全部応えたい。それが理想。まだまだ
      できませんけど。
  
  これからもこの街でみんなを幸せにするために

  戸口 パン屋やからパンのことだけ考えてはるではダメだと思ってきました。例えば、
      料理との共通点もたくさんあるやろし。いろんないいもんを吸収していきたい。
      笹島さんとこ見て、あんなふうにできたらいいなあって思うこともいっぱいあります。
      目標ですね。
  笹島 僕は自分の店を持った今、人の役に立たなあかんなぁと思う。例えば、人材を
      育てることもそうやし。自分が持ってるものをどうしたらちょっとでも還元していける
      のかと考えると、おのずと、これからやることが決まってくるんやないかと思います。
  戸口 僕はまだあんまり先のこと考えてないです。今は全力で走ってる感じ。
  笹島 全速力で走ってるからやりたいことが見えてくるんやって。それを選択していく時に、
      何が人から望まれていることかって考えるといい。 
  戸口 周りからはよう言われるんです。今のあいだにできること全部やってまえ、とか。
  笹島 そうそう。今は異常に忙しくてもしょうがないでしょ。そのうち嫌でも座りっ放しに
      なるんやから(笑)

アンティパスト:スカンピをのせたじゃがいもの
スフォルマートボルチーニのソース
ルークのパン。イル・ギオットーネ用のバタールは
皮が薄く強めに焼いてある。
ライ麦パンには、ひまわりの種、ゴマ、栗、芥子の実
が入っている。
プラチナポークと百合根のラグーソースの
ガルガネッリ(手打ちパスタ)
京かぶらを添えた鴨の炭火焼きフォアグラの
テリーヌを散らして。
ソースはかぶらと葛を使ったみぞれ状

   対 談 を 終 え て
 今後、笹島さんは「イタリアの素材を使って、日本人である自分の感性で作った料理がどれだけ
受け入れられるか」イタリアでやってみたい気持ちもあるという。また、若い世代の食生活に危機感
を持っているので、安値でしかもきちんとした食べ物を出す店についても考えてみたいとのこと。
 戸口さんも、超多忙ながら、時間があればお客さんと話して「天然酵母の作り方とか聞かれたら、
レポート用紙3枚ぐらいに書いて渡します!」とエネルギッシュで充実した日々のよう。
 対談の当日、戸口さんが持ってきたパンを試食した笹島さん、「これおいしいやん。今度また
焼いてきて」。にこっと笑った戸口さん「はい。あーでも、ちょっと塩きつかったかな?」「塩辛いの
はあかんってー」と応じる笹島さん。
 京都の食のシーンを鮮やかに牽引していくおふたりの会話はどこまでも生き生きとおいしそう
なのだった。

戸口温善(とぐちはるよし)28歳 笹島保弘(ささじまやすひろ)39歳
高校卒業後、パン作りの修行を始める。   
1999年カリフォルニアウォールナッツ
コンテストで最優秀技術賞を受賞。      2000年カリフォルニア州製パン学校
CIAに留学。
帰国後、再びカりフォルニア
ウォールナッツコンテストでブレッド部門賞
およびグランプリを受賞。
2001年に10月京都・西洞院七条にて
「ブーランジェリールーク」を開業。
天然酵母のパンをはじめ
ハード系からデニッシュ系まで揃うパン
には無漂白特級小麦粉、カリフォルニア産のクルミやレーズン、沖縄の黒糖など
厳選された素材が使われる。
レストランのサービスに魅せられて
飲食業界に入り、その卓抜した手腕で
20代から数店の料理長を歴任。
独立までの6年間を過ごした京都・七条の
「イル・パッパラルド」では京都産の
食材を生かした独自のイタリアンを
作り出して名をはせた。
2002年、12月、オーナーシェフとして
京都・東山の八坂の塔のそばに一軒家
リストランテ「イル・ギオットーネ」をオープンした。「イル・ギオットーネ」は
昼はコース、のみ、夜は多彩な
アラカルトのほか
おまかせのコースもある。